デスボイスを考察する会(1人)

物好きがデスボイスを考えてます。

デスボイスは喉を痛めない


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根本的に誤解が多くねってあたりで、払拭を目指します。

もちろん僕が話すのはフォールスコードスクリームの話ですが。

 

 

まぁまず、言ってしまえば痛めるは痛めますし、デメリットもあります。

けど、それってクリーントーンも変わらないわけなのです。

まず本当にそもそもとして、そもそも。

なんで痛めると言えますか?って思いませんか?

普通に何も無いので、その理由に対する答えをぶつけて行くしか無いわけではありますが

僕は5年ほどこれやってて結節出来た事なんて一度もないですし、プロのボーカル、プロでなくともツアーとかしてる人もそうですよね、多くは。

逆に、結節を作ってライブを見送るポップスバンドだってあります。

こう並べてしまうと印象操作臭いですが、つまりは痛めるには出音だけでは判断できない理由があるわけですね。

 

上記で言えば、長く多くスパンを開けずにライブを行えば声帯は疲労するわけです。

それはクリーントーンもデスボイスも変わりません、当人の発声に依存します。

で、それにあたって

デスボイスを目指すためわざわざ痛める発声へ意識を向ける

という、なんとも不毛なことをしている人が多いと思うわけです。

これは植えつけられた先入観によるものと思います。

スポーツだって、力を込めてやれば良いという事はありませんしね。

しなやかな動きを目指すべきところを、そりゃ最初は難しいわけです。

その時は負担が大きいでしょう、そういうやり方になってしまうことも多いでしょう。

そこから、如何に効率良くしていくか というのが物事における基本と思います。

なのに、デスボイスにおいては

未成熟なまま情報を発信する人が多すぎる

というわけですね、自戒でもあります。

これは本当に由々しき事態ですね。

どうにか、僕はこれを払拭したいです。

 

では、何をもってして痛めないか?という話ですね。

声を出すにあたって何が負担になるか ですね。

声帯に対しての呼気の量や気流の勢い 

それに対する声帯の状態

でございます、難しい話ではないですね。

ことデスボイスにおいて、これがかなり痛めるような導入を勧められています、前はしてましたごめんなさい。

まぁでも勢いは大切です、が、それと共に適切さも要るわけで

適切なものを目指すには、喉の自由度が必要になるわけです。

というのは動画で話したので是非

youtu.be

まぁ、そういうわけです。

 

結局、現状色々な所で言われているのは

適切化を半端な所でやっている人の感覚を導入

(出来ない場合)発信者より自由度の低いまたは偏った人が、発信における適した喉も目指さず声帯を痛める条件のみをクリア

痛める

痛めた情報がシェアされる

ということです。

まぁこの痛めるってのも度合いありますけどね。

もし今出来るけど痛くするって人は、どうしたら痛くなくなるか考えましょう。

 

結構偏った側面からの話になりましたが、そういう感じです。

もちろん、いきなりやると痛める事もあるかなと思いますが、それは準備運動なしで短距離走するみたいな事です。

諸々は僕のレッスンで概ね疑問の解決や実践が出来るので、随時お待ちしておりますよ(宣伝

まぁレッスン自体はどうでも良くて、なによりも

デスボイスは喉を痛めない事が適切

という新たな考えが根付いてくれればなと思います。

そこから、痛めて出る音を見返すと、前には痛めてたものでもすんなり気持ちよく出たりします。

 

より良いデスボイスライフをお祈りしております。