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デスボイスを考察する会(1人)

物好きがデスボイスを考えてます。

西洋か東洋か


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タグ付けがしっかり出来るので、わざわざタイトルで雑記ですと言うのは控えていきますね... 

 

 

今度やっとこさ武田梵声先生にデスボイス、もっと広く、フースラー的に言うところのシュナル(所謂ボーカルフライ、フライスクリームのもと)とガム(フォールスコードスクリームのもと)について、通時的なそれらノイズ発声の歴史や文化におけるそれの音、役割みたいなものを聞いて参ります。

 

僕個人の、結局の目標は「デスボイスの美しさをシェアする」という点であると思います。

その中で、もちろん心理学や脳科学といったソフトウェア的な現状も知りたいわけで

この歳になってようやく能動的に本を読む生活になりました... 読んでてもよくわかってないです、人間はすげぇってくらいで。

生物全体の進化の過程に比べたら、音楽ってそう長くない歴史だと思います。

その中で目まぐるしく、あるいは微々たる変化を時間とともにしているわけですね。

 

何故、デスボイスは好まれない傾向にあるのか。

というか、現状のこれは何が由来なのか... ニッチな物に落ち着き、支持者もそれを良しとしているあたり。

ダメ!ってわけでなく、その背景は知ろうとして損はないかなと思うわけです。

そこで、にっとメガネ先生曰く「人生を3周している人」こと梵声先生に頼るわけですね、この点は本当に楽しみです。

今後のレッスン(があれば)で還元していく所存です、無くて何かまとまったら自費出版でもします。

自費出版は流石に嘘ですが、何かしらで後世に伝えられるように残したいですね... 受取手がいるか否かはその先でその時に起こることなので、僕が知るところではないでしょう。

まぁそんなたいそうなことはまだ言ってもいられないんですけどね、精進します。

 

で、ですね...

いやまぁデスボイスは西洋ルーツで多分間違いないんでしょう、ことフォールスコードは発声的にもあちらにあるようですし。

が、今の我々が感じ、発信するところにはどこか何か東洋ルーツの何かが無いかなぁと。

デスボイスに「美しさ」を感じる、矛盾を持つような感想も何かあるのではと。

果てないですが、浅く広くくらいはなぞりたいなぁと思ってます。

そのうち吸気が軽んじられる由来とかも知りたいですね、「そういうもの」として割り切るには良くない偏見と思います。

 

岩崎先生が常々、西洋的思考に引っ張られ過ぎないように〜という警報の、僕なりの受け取り方みたいな所ですね。

デスボイスはデスボイスでも良くて、別に海外優位でグロウルやスクリームと合わせる必要性は無いとずっと思っておりました。

やっぱそれで良いんじゃん!って感じです、あっちで「日本ではデスボイスと呼ばれる」くらいの事を真面目に言われるくらいになればなぁと... 和製英語って点でネイティヴには違和感があるのでしょうけど...

 

特段メタルは日本に対する劣等感の強いジャンルと思います、「世界に通用するか」みたいなものを相手基準で考えるので。

音楽性とかはそこまで酷くないですが、ことボーカルについてはなかなか偏ってると思います... 言語の特性に引っ張られている以上、西洋が提示するものを基準にしたら「劣っている」となっても仕方ないかもしれませんが、何故それを生まれや環境で逆転不可とするかとかですね。

いやまぁそりゃあ、こっちまで名声を轟かせる外タレは凄いんです、他国の中でもトップなのだから。

もっと、日本人が自分の土俵を作れたら良いなぁと思います。

音が軽くても重くても、そこに生まれる優劣というのも感性に依存します。

リスナーはもっと意識を高めてくれって話ではなく、そこの解明をしてみたいなぁという話です。

 

なんとなく今思っただけですが、ブレイクダウンにおける空白とか日本っぽいかもしれませんね。

色々なデスボイスを聴いてみましょう。